2017年12月27日水曜日

読書会の反省

 ヴァージニア・ウルフの思考の波に乗るには、何回も読まなければならないし、時間がかかる。
 ヴァージニア・ウルフは怖くないが、時間が掛かる。従って、ヴァージニア・ウルフが怖い人間は、時間を掛けるのが怖い人間である。
 先日、25日、ヴァージニア・ウルフの「書かれなかった長篇小説」という短篇小説の読書会を行った。
 当初と違い、二名で読むことになった。
 大きな読み違いをした。
 リズムを静かに分解することは必要だが、その上でインテンポで流すことがより重要である。
 だから、分析をして終わりなのではない。
 あるいは、関連性を見つけて指摘するのは分析以外の行為だ。
 単語で分解してもいいし、どんな弄り方をしてもいいし、むしろ徹底するべきだろうが、それが流れるのは別の時間においてである。
 いかにしてそれを峻別するのか。そんな手があるのか。どうやったら、小説で基礎練みたいなことが出来るのか。
 この一年、いやそれ以上、この問題の周りをグルグル回っている。
 昨年、手にしたのはギリシャの歴史と、哲学だった。
 あの点をしっかりと踏まえれば、何かが変わっただろうか。わからない。

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